2連覇となったバロン・マミヤ選手。
マミヤという名前が気になった方もいるのではないでしょうか?
そう、お父様が日本人なのです!
クールなイメージのある彼の魅力に迫りたいと思います。
子供の頃、私はパイプコンテストでサーフィンすることを夢見ていました。あの名高い波で競うのがどんな感じか、いつも想像していました。自分のヒーローたちがそこで優勝するのを見て、それがどんな気持ちなのかずっと考えていました。だから、昨年優勝したときはすごく素晴らしくて、夢がかなったような気分でしたが、今年再び優勝することができたのは、想像すらできなかったことです。パイプラインでサーフィンに多くの時間を捧げてきました。パイプラインは本当に世界でも最も素晴らしい波の一つです。コンテストで過ごしたここ数日、この場所でサーフィンできたことは本当に素晴らしかったです。全てに感謝と祝福を感じています。パイプライン、家族、友達、スポンサー、サポーター、そして素晴らしいイベントを開催してくれた@wslにも感謝します🖤 次はアブダビだ。
バロン・マミヤ(Barron Mamiya)
生年月日:25歳 2000年1月27日
出身地:ハワイ ハレイワ
身長:175cm 62kg
スタンス:レギュラー
スポンサー:RVCA
オアフ島ノースショアで生まれ育ったバロン・マミヤは、3歳の頃に父親と一緒にサーフィンを始め、11歳の時から、彼はサーフィンの新星として急速に名を馳せました。世界中のコンテストで優勝する一方で、バロンは今でもハレイワ出身の普通の子供で、ビデオゲームをしたり、アイスクリームを食べたり、波がないときには庭でのんびり過ごすのが好きなのです。
This is Barron Mamiya -Sun Bum
「父も母も働く普通の家庭で育ち、決してお金持ちではなかったけど、放課後、もし父が休みだったら、僕をビーチに連れて行ってくれた。」そこでサーフィンを始め、サーフィンの虜になったというバロン。
座右の銘は『YOLO(You Only Live Once)』人生は一度きり。
幼い頃から注目されていたバロンですが、そのプレッシャーに苦しんだこともあったようです。
2018年にはサーフィンへのモチベーションを失い悩んでいたと言います。
「サーフィンが好きだった理由を忘れて、ヒートをクリアしてイベントで勝つことに集中しすぎてしまった。世界を旅してコンテストをするのは楽しいけど、他の子たちがしていることを全然体験できなくなる。それでも、今はそのために努力しておけば、後で自分に良いことがあるって信じていたんだ。サーフィンは僕が成功できることだから、それに集中しようって。だから、競技のモチベーションを失ったことは本当に落ち込んだ。」当時まだ18歳。(Stab情報)
勝ちと負けの繰り返し、周りの友達と同じように過ごせない日々。大好きなサーフィンが仕事となり、純粋に好きという気持ちだけでは楽しめなくなる。
そんな葛藤を乗り越えてのパイプライン2連覇。おめでとうございます!
サーフィンの魅力について、『いつでも人生で最高の波に出会うかもしれないというワクワク感がある』 と語っていたバロン。
ノースショアのオススメのフードトラックはププケアグリルだって♡
☆マミヤ君に話しかけた時のお話

☆ププケアグリルの場所について

☆実際にププケアグリルに行ってみた時のお話

☆ハワイ観戦に行かれる際に役に立てば嬉しいなというお話

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