WSL Celebrates International Women’s Day 2022 国際女性デー

選手のジャージ(ユニフォーム)にも注目のWSL  CT 「MEO Pro Portugal 2022

3月8日の国際女性DAYを記念して、自分に影響を与えた女性アスリートの名前が入ったジャージを着用していたのです!

その名前は、オリンピック選手からレジェンドやテニス選手やゴルファーに格闘技等様々。女性サーファーの名前が多いなぁという印象です。

カノア(五十嵐 カノア)が選んだのはテニスの大坂なおみ選手
ケリー(Kelly Slater)はサーフィン仲間のリサ・アンダーソン
ジョンジョン(John John Florence)、母であるアレックス・フローレンス
コロヘパイセン(Kolohe Andino)はカリッサムーア
コナー・オレアリー(Connor O’Leary)は母である柄沢明美さん。

カノアだけでなく、ブラジル人サーファーのサミュエルプポ(Samuel Pupo)の背中にもOSAKAの文字が。
国籍関係なく選ばれる大坂選手って凄い!

一番人気は、コラちゃん(Griffin Colapinto)オーウェン(Owen Wright)コナーさん(Conner Coffin)マリアマニュエル(Malia Manuel)に選ばれていたサーフィンのベサニー・ハミルトン(Bethany Hamilton)でした。

サーフィン中にイタチザメに襲われて左腕を失ったべサニー。映画にもなっているし、今も現役でサーファーとして活躍する彼女の影響力は絶大です!

個人的には、セス君(Seth Moniz)とカリッサ(Carissa  Moore)の背中の同じ”Sunn”の文字が気になる。

誰だろ?って調べてみたら、
1998年に47歳の若さで亡くなったハワイのマカナビーチの女王と呼ばれていたレジェンド女性サーファー、レラサン(Rell Sunn)のことでした。
リルサンって呼ばれているように聞こえるのですが、レルサンとも読めるし。ここでは、レラサンとして表記させていただきます。

目次

レラサン  Rell Sunn って?

サーフィン世界チャンピオン。「マカハの女王」や「アンティーレラ(レラおばさん)」と呼び親しまれ、サーフィンとアロハスピリッツを愛したとても美しい女性だったそうです。

レラさんのミドルネーム「Kapolioka’ehukai」は、ハワイ語で「海の心」を意味します。
70年代初頭には女子プロサーフィン協会の設立に尽力し、女子プロサーフィンツアーを創設。あのデューク・カハナモクのカリフォルニアへの世界選手権への旅に同行したり、プロとして競技するために世界中を旅していたレラサン。
ハワイ初の女性ライフガードに任命される栄誉も得ています。
このような偉業を成し遂げてもなお、レラはまったく謙虚で無欲の人であり、その精神と人生のあらゆる面に注ぐ情熱から、「アロハの女王」と呼ばれるにふさわしい人物であった事がわかります。
アロハ・スピリットとは、とてもシンプルなものです。”The aloha spirit is real simple. You give and you give and you give . . . and you give from here (the heart), until you have nothing else to give.( 与えて、与えて、与える。他に与えるものがなくなるまで、心から与え続けるのです)”。

そんな彼女の人生は波乱万丈で、結婚をし娘を授かるも離婚、3度の結婚も経験しています。
32歳のときに乳がんと診断され、余命数ヶ月と宣告されます。病気に負けて人生をあきらめるのではなく、毎日を最後の日と思いながら逆に精一杯生きることを選択します。15年間の化学療法での闘病生活の間も、レルは自分の力を惜しみなく発揮し、水着のモデル、ラジオのパーソナリティー、講演者、フラのインストラクター、乳がん啓発など、さまざまな分野で活躍。
パタゴニアのアンバサダーとしてデザインやアドバイスもしていました。”patagpnia”パタゴニアと”aloha”アロハの言葉を掛け合わて生まれた”pataloha”パタロハには彼女も携わっています。(現在もハワイで購入できる人気のシリーズです。)
彼女と接するすべての人に大きな影響を与え、特に子どもたちへの支援を大切にしていました。
ハワイのマカハビーチで毎年開催される子供たちだけの「メネフネ・サーフ・コンテスト」は、すべての子どもたちがサーフィンを楽しめるようにとレラサンが始めたものです。多くの若いスターたちがこの大会で競技サーフィンを始め、サーフィンの楽しさと仲間意識を学び、彼女の偉業は彼らに永遠に記憶されることでしょう。

47歳という若さでこの世を去るまで笑顔を絶やさず人生を楽しんだというレラサン。

そんな彼女に因んで、ハワイの代表的お花プルメリアの品種の名前にもなっています。
周りの人を元気にするあたたかいイメージのお花。ぴったりですね。

カリッサムーア「レラ・サンはハワイの女性サーファーの道を切り開いただけでなく、波乗りを超えて、次世代にインスピレーションを与える贈り物を残しています。
彼女は海の中で気品を備えていて、彼女のサーフィンは、とても楽しそうで魅了されました。
もっと彼女のことを知りたかった。彼女が亡くなったとき、私はまだ小さかったのですが、幸運なことに、彼女主催のマカハのキッズ大会に何度か出場することができました。彼女の優しさ、寛容さ、そして輝くような温かさを覚えています。”あなたは見られている、受け入れられている、歓迎されている”と感じさせてくれました。
私は、彼女が他の人のために時間を使い、次の世代にお返しをしたことを賞賛します。
ジェリー・ロペスは、”彼女は最高のアロハだった “と見事に表現しています。
私にインスピレーションを与えてくれたレラおばさんに感謝です。」

セス君「私は彼女に会うことができませんでしたが、彼女は私が尊敬する人の一人として生き続けています。マハロ レラおばさん。」

レラサンと知り合いだったというセス君ママは、
「道を切り開き、最も美しい方法でハワイを表現した女性です。どんな方法かってと聞かれたら、それは皆それぞれに彼女とのストーリーがあるはずです。
私にとっては、彼女はフラのお姉さんでした。私たちは、一緒にフラを習い、毎週ダンスの美しさに身を委ねました。
これが私とレラの物語……私の思い出であり、決して忘れることのできない時間です。
サーフィンがハワイの文化の一部であるように…フラもそうです。今回のこの機会に私の息子は私の最愛の友人を選んだのです。私たち家族はレラを思い出し、あなたの人生とハワイと子供たちへの愛をたたえます。たくさんの愛を込めてこのジャージを大切に持ち続けます!」

とコメントしています。
亡くなった後にも、こうして次世代の方に影響を与えているレラサン。
存じ上げていなかったのですが、3人のコメントから素晴らしい方だったのが伝わってくる。
今回のこの国際女性DAYの機会に知れて、とても優しい気持ちになれました。

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